代官山・中目黒、発展の歴史


ヒルサイドテラス A・B棟
1969-1998
設計:槇文彦
via wikipedia

ヒルサイドテラスの建設当時、このエリアは第一種住居専用地区に指定されていて、商業施設は建てることができなかった。
設計者の槇文彦が行政と交渉することによって規制が緩和され、住居と店舗の複合施設の建設が可能になった。

同潤会代官山アパートの再開発事業として、2000年、巨大複合施設の代官山アドレスが誕生した。これをきっかけに、流行に敏感な感度の高いショップオーナーがこの地に集まってくるようになった。
需要が増えはじめると地価が高騰し、より資金力のある企業の店にとって変わられた。その結果、小規模な店舗は中目黒へと拠点をうつし、同時に街としての魅力も中目黒へシフトしていった。

目黒川通り沿いには、おしゃれな店舗が次々と出店していったが、代官山と同様、賃料が跳ね上がることによる停滞が始まった。
最近では、目黒川と反対側の祐天寺、学芸大学方面へトレンドがうつっている。

2011年以降、CCCプロデュースの蔦屋書店の誕生により、代官山は再び活気を取り戻し始めている。



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